秘境には道がある
昨日の大河ドラマ『豊臣兄弟!』は大和郡山の話だった。
大和郡山が奈良県にあることくらいは知っている。知ってはいたのだが、テレビを見ながら地図を眺めていて、今さら妙なことに気がついた。
奈良県、郡山から下が長すぎないか。
奈良市も橿原も明日香も、だいたい県の上のほうに固まっている。その下に吉野があって、そこから先も延々と奈良県が続く。十津川村まで行ってようやく和歌山県。
しかも、ほぼ山。
群馬県はよく秘境扱いされる。しかし群馬の北の端をちょっと越えれば新潟県で、その先は日本海だ。奈良県南部では、山を越えても山。もう一つ越えても山。県境を越えてもまだ紀伊山地。
群馬、秘境を名乗るにはまだ甘いのではないか。
などと群馬県民に怒られそうなことを考えていたら、別の疑問が湧いた。
昔の人は、こんなところをどこを通って歩いていたのだろう。
もちろん、道を歩いていた。
我ながら頭の悪い質問だが、道があったということは、どこかとどこかを結んでいたはずだ。峠があり、集落があり、宿があり、渡し場があり、それらを結ぶネットワークがあった。
調べてみると、あるわあるわ。
吉野から熊野へ大峰山脈の尾根をたどる大峯奥駈道。紀伊半島西側から熊野へ向かう中辺路。海岸沿いを回る大辺路。そして高野山から紀伊山地をほぼ真南に突っ切って熊野本宮へ向かう小辺路。
小辺路(こへち)。
ああ、「へじ」じゃなかった。中辺路(なかへち)なら聞いたことがある。うん十年ぶりに記憶の底から出てきた。
小辺路は高野山から熊野本宮まで約70km。伯母子峠、三浦峠、果無峠と、1000m級の峠をいくつも越える。
果無。
はてなし。
なんという名前をつけるのか。
しかも果無峠の手前には果無集落がある。山また山の紀伊山地の中に家が並び、熊野古道がその間を通っている。
ここで最初の疑問に戻った。
昔の人は、こんなところをどう歩いていたのか。
答えはたぶん、「こんなところ」を歩いていたのではない。
次の集落まで歩いていたのだ。
谷に集落がある。そこを出て山を登る。峠を越える。次の谷へ下りる。そこにはまた集落があって、宿があり、飯があり、人がいる。翌朝また次の峠へ向かう。
現代の地図で見ると、山奥にぽつんと取り残された集落に見える。でも徒歩を前提に道を描き直せば、そこはネットワークのノードだったのかもしれない。
そう考えると、「秘境」という言葉も少し怪しくなってくる。
秘境とは、道のない場所ではない。
かつてそこにあった道を、われわれが使わなくなった場所なのではないか。
自動車の道路網から見れば行き止まりでも、徒歩のネットワークでは隣の谷へ道が続いている。いまは何もない峠にも茶屋があった。山中に旅籠があった。川では筏が木材を運んだ。
交通網が変われば、中心と周縁も入れ替わる。
……などと考えていたら、当然、歩いてみたくなった。
調べると、小辺路は今でも歩ける。
しかも、古道の痕跡をところどころ見学するという話ではない。高野山を出て、大股、三浦口、十津川温泉と宿をつなぎ、熊野本宮まで歩き通せる。標準的には4日ほど歩く。
テントも寝袋もいらない。
昼間は1000m級の峠を越え、夕方には山村の宿で飯を食って風呂に入って布団で寝る。
これはいい。
猛烈に行きたくなった。
ただし、1000m登って1000m下るような日を何日も繰り返す。荷物も背負う。早く行かないとこちらの体力のほうが先に失われる。
今年はもう無理として、来年の秋はどうだろう。
娘が関西に住んでいる。関東にいたころから低山を歩き回っていて、関西へ行ってからもあちこち登っている。一緒に歩いて、と頼んでみようかな。
問題は社会人に「秋に一週間休め」と言えるかどうか。
来週会うので、とりあえず聞いてみることにした。
ただ、もう一つ問題があった。
熊がいる。
紀伊半島にはツキノワグマがいる。小辺路にも目撃例があるらしい。
これはまずい。
熊そのものもまずいが、この情報を妻にどう説明するかがもっとまずい。
「山奥を4日歩きます。熊がいます。携帯電話はところどころ圏外です」
企画審査終了。
ところが、ここで思わぬものが出てきた。
Garmin。
このところ私はGarminのスマートウォッチを買って、朝起きるたびに「Body Batteryが47しかない」などと文句を言っている。そのGarminには、inReachという衛星通信サービスがある。
専用端末を持っていれば、携帯電話の圏外でも衛星経由で家族にテキストを送れる。位置情報も送れる。向こうから返事も来る。緊急時にはSOSを出して救助につなげてもらえる。
「果無峠通過。問題なし。16時ごろ宿着予定」
山の中から、そんなメッセージを家に送れる。
おお。
これなら企画審査を通せるかもしれない。
群馬は本当に秘境なのか、と考え始めただけだったはずなのに、気がつけば来年の秋に紀伊半島を歩く計画を立て、衛星通信機の購入を検討している。
インターネットで調べ物をしてはいけない。
道はどこまでも続いている。