今日はうちの奥さんのお供で上野へ行った。まず上野広小路で四川料理を食べて、そのあと国立西洋美術館へ行く。

上野広小路で四川料理、と聞いて、四十年くらい前にあのあたりで食べたカレーを思い出した。

学生のころ、上野広小路のアメ横の中に、辛さを1から5まで選べるカレー屋があった。仲間と行った。みんな若かったし、辛いものにはそこそこ自信があったので、5を頼んだ。これがとんでもなく辛かった。店を出ても口の中の辛さがいっこうに引かず、みんなで近くのマクドナルドにかけ込んで、マックシェイクの甘さと冷たさでどうにかした。

本日の四川料理は小辛にした。

あーうまかった。何も事件は起きなかった。うまい四川料理をうまく食べて終わった。

そのあと上野東照宮へ行き、国立西洋美術館の常設展を見た。ひょっとすると、国立西洋美術館に入ったのは初めてだったかもしれない。

仕事で海外へ行ったついでに、ちょくちょく美術館に寄る。最近ではロンドンのNational Gallery、ミュンヘンのNeue Pinakothek。フランクフルトのStädelには昔行った。それなのに国立西洋美術館には、たぶん今まで入っていない。

Städelのことは、昔の記事「シュテーデル美術館のオーディオガイド」に書いている。美術館そのものも楽しかったし、カフェも楽しかった。ただ、細かいところはかなり忘れている。今読むと、そんなことまで書いたのか、と思う。書いておいてよかった。

記憶では、Städelは上の階を見てから地下へ降りた。今調べると、2012年の少し前に地下のGarden Hallsができていたそうだ。それだったかもしれない。

国立西洋美術館では、この日、松方幸次郎という人を初めて知った。この美術館が作られるきっかけとなった人。

戦前、私財を投じて西洋美術の大きなコレクションを築き、日本に美術館まで作ろうとしていたそうだ。その後いろいろあって、コレクションもずいぶん数奇な運命をたどっている。詳しくは国立西洋美術館の「松方コレクション」にある。

戦後、フランスに残っていた松方コレクションの大部分が日本へ寄贈返還されることになった。その際フランス側が、コレクションを受け入れて公開するための美術館を日本に作ることを条件にした。

それで国立西洋美術館ができた。

美術館が先にあって松方コレクションが入ったのではなく、松方コレクションを返すなら、それを収める美術館を作りなさい、と言われて美術館ができている。これはちょっと面白い。

さらに、今日常設展で見たモネの大きな《睡蓮、柳の反映》も因縁が深い。上の方が損傷している。傷がついている、のレベルではない。上の方が残っていないのだ。壁に張ったポスターを上から手荒にはがしたら、下の方だけ壁に残ったような形。

松方が1921年にモネ本人から買った作品だった。ところがひどく傷んでいたため戦後の返還対象にも入らず、パリで事実上忘れられ、2016年に見つかって翌年日本へ戻ったという。国立西洋美術館の説明では、おそらく戦時中の保管状態が悪く、水分の影響で大きく損傷した。いま残っているのは元の画面のおよそ半分。

そんな絵が、いま上野にある。

絵画というのは、美術館の白い壁に掛かっているところだけ見ると、最初からずっと「美術品」という身分で大事に運ばれてきたような気がする。実際には戦争もあるし、倉庫もあるし、湿気もあるし、忘れられたりもする。

建物の方も妙だった。

ル・コルビュジエの「無限成長美術館」という案をもとにしていて、収蔵品が増えるにつれて展示空間が四角い螺旋状に外へ伸びていく構想だったという。

それ、実際に無限成長したの?

と思ったら、していなかった。

敷地の制約があって、その増殖機構そのものは採用されず、必要な増築は1979年の新館、1997年の企画展示館という別の形で行われたそうだ。

無限成長美術館なのに無限成長していない。

とはいえ、ピロティやランプや展示空間の回り方など、元の構想はかなり建物に入っているらしい。思想は実装したが、拡張アルゴリズムは走らなかった。この言い方で建築の人に怒られるかどうかは知らない。

国立西洋美術館のロゴも初めて知ったが、あれは思い切りの良さが素晴らしい。NMWAと書くにはどう見ても線が少なすぎるのに、NMWAだと言われると完全にそう見える。線を削るにあたり、迷いがない。

美術館を出て、アメ横を通った。

四十年前のカレー屋がどこだったかは、もう分からない。その必要も特にない。私の記憶の中では、上野広小路のアメ横の中で、5が空前の辛さだった。

今日の歩数も無事1万歩を超え、かなり疲れたので、上野御徒町のマクドナルドで休んだ。

そこで、あれ、と思った。

今日も上野広小路のあたりで辛いものを食べ、そのあと近くのマクドナルドにいる。

もちろん四十年前と同じ店ではない。昔の上野広小路店はもうなく、今日いるのは上野御徒町店で、場所も違う。

四十年前は辛さ5に負けて逃げ込み、今日は小辛で平和に食べ終え、東照宮と西洋美術館とアメ横を歩いた末に、疲れて座っている。

マクドナルドというのは、ときどき人生のそういう場所になる。