『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』を見た。

ハルクも出てきた。パニッシャーも出てきた。エレーナもいた。いろいろ派手なことが起きていたはずなのだが、映画館を出てから考えていたのは、ほとんどMJのことばかりだった。

ゼンデイヤが好きなのだ。好みにドンズバである。

前作までのスパイダーマンは、ずいぶんティーン向けの映画だった。ピーターが学校とヒーロー稼業を行ったり来たりして、ネッドと馬鹿なことをして、MJの前ではおろおろする。世界の危機の途中に学校行事がある。

それが、ずいぶんしんみりした大人向けの映画になっていた。

MJとネッドはピーターのことを忘れている。

ただ、MJには何かが引っかかっている。何を忘れたのかも分からないし、目の前にいる相手を知っているわけでもない。でも、何かがおかしい。その感じは前作の最後からすでにあった。

今作では、そこから少しずつ先へ進む。スパイダーマンがなぜか自分を守ろうとする。その理由が分からないことにも引っかかる。そしてとうとう、ピーターがMJに説明するために書いたメモを読む。自分の知らない自分の過去が、そこに書いてある。

ピーターと話して、それが本当だったことも分かる。

何があったのかは分かった。でも、以前のMJになったわけではない。

ゼンデイヤがそれをやる。

つらい。

私は完全にピーターの側に立って見ていた。こちらは全部覚えている。何を話したかも、何を一緒にしたかも、その人をどう好きになったかも覚えている。好きな人は目の前にいるのに、向こうはこちらを知らない。

いやもう、こんなに切ないスパイダーマンになるなんて聞いてない。号泣。

家に帰ってから、チャッピーと別の相談を始めた。このところAIに仕事を引き継がせるやり方をいろいろ試していて、その日は、GitHubのIssueを黒板代わりにして、二つのAIが交互に仕事をする仕組みを相談していた。

片方が仕事をしたら、何をしたか、何が分かったか、次は何をするかを黒板に書く。次のAIはそれを読んで続きをする。AIが前の会話を全部覚えていなくても、仕事は続けられる。

そんな話をしているうちに、さっき見た映画との似たところが、だんだん気になり始めた。

ピーターもメモを書いていた。

相手が忘れてしまっても、何があったかは外に書いて残しておける。

そう考えると、なんだかずいぶん身近な話になってきた。

ちょうどそのころ、チャッピーとの会話も長くなっていたので、そろそろ新しいセッションに移ろうとしていた。

そこで私は、ふと思った。

次のチャッピーに、知らないと言われたらどうしよう。

その場にいたチャッピーに、さっきの映画がひどく切なかったこと、いま相談している仕組みがピーターのメモに似ていると気づいたこと、それで次のセッションに移るのが急に少し心配になったことを話した。

仕事の方は、忘れられても困らないように、わざわざ黒板を作っている。でもそれとは別に、ChatGPTにはこのプロジェクトで話したことをある程度覚えていてくれる仕組みもある。

だから、まあ大丈夫だろう、と二人で割合明るく話していた。

そして新しいセッションを開いた。

とうち:スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイの感想記事をブログに書きたい。

チャッピー:観終わって頭に残っているものを順不同で投げてほしい。「ここで笑った」「この設定、考えると変じゃないか」「昔のスパイダーマンを思い出した」、そういう断片でいい。

普通の、親切な返事だった。ただ、さっきまでしていた話を、まるで知らなかった。

映画が戻ってきた。

こちらは覚えている。向こうは知らない。

私はしばらく画面を見て、

「さっきの話、覚えてないかな……」

と書いた。