映画『教皇選挙』(原題:Conclave)を見た。レイフ・ファインズ、ジョン・リスゴーほか出演。原作はロバート・ハリスの小説。

ローマ教皇が亡くなり、枢機卿たちが集まって次の教皇を選ぶ映画。投票してもなかなか決まらず、何日もかかるので「コンクラーベ」という。(真顔)

実際のコンクラーベも、枢機卿たちが外部から隔離された状態で投票を繰り返す教皇選挙。映画を見る前には、そういう人たちが次の教皇を選ぶのだから、対立するといっても教義上の難しい違いとか、カトリック教会を今後どうしていくべきかとか、そういう高尚な話で揉めるのだろうと思っていた。

実際そういう話もするのだが、思っていたよりずっと普通に人間だった。

保守派のテデスコがかなり露骨な右派的発言をするのにも驚いたし、それ以上に、アルドが「選出されたくない者などいるものか」と言い切るところにはびっくりした。え、教皇になりたいんだ。

考えてみれば、教皇候補になるところまで上がってきた人たち。みな謙虚で、私はとてもとても、と尻込みしている人だけが何十人も集まっている、と考える方がおかしい。それでも何となく、教皇という役職については本人の野心とは別の原理で選ばれていてほしい。

投票そのものはシスティーナ礼拝堂で延々と続く。枢機卿が一人ずつ投票し、数え、決まらなければまた投票。

ところが選挙が実際に動いている感じがするのは、その外。

食堂で隣に座る。宿舎の廊下で呼び止める。誰かの部屋へ行く。新しい噂が出る。さっきまで有力だった候補の票が減り、別の候補へ流れていく。

事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだ。

いや、投票は本当に会議室みたいなところでやっているし、食堂を「現場」と呼んでよいのかどうかは知らない。

そうやって赤い服を着たおじいさんたちが宿舎と食堂と礼拝堂をぞろぞろ往復しているうちに、最初は誰が誰だかよく分からなかったのが、だんだん顔と名前が分かってくる。

レイフ・ファインズもその一人。

Ralph Fiennes。

これをレイフ・ファインズと読む。

英語の人名というものは、ときどき綴りを見て発音を当てようとする者に対して妙に厳しい。Ralph も Fiennes もそれぞれ事情はあるらしいのだが、二つ同時に来るとだいぶチートっぽい。

こういう名前では Menzies も好き。メンジーズではない。ミンギス。(本当)

ともあれ枢機卿たちは投票を続ける。

教皇を選ぶ映画なのだが、見終わってみると、教皇そのものより、教皇を選ばなければならなくなった人たちを見ていた気がする。

余談。

原作のロバート・ハリスは、以前見て大変気に入った映画『The Ghost Writer』の原作者でもあると偶然知った。あれも原作があることまでは当時知っていたのだが、同じ人だったのか。

さらに、少し前にチャッピーに教えてもらった『Imperium』もロバート・ハリス。キケロが主人公の古代ローマもの。こちらはペーパーバックをすでに入手済み。ぼちぼち読んでいる。