エンダーのゲーム
遅まきながら、やっとレンタルで見た。大満足。そして映画館に見にいかなかったことを後悔した。
Ender’s Game (邦題:エンダーのゲーム)
映画は原作に忠実で、面白い。でも原作は何倍も濃いので、映画を見てから、原作を読むと、どちらも楽しめる。羊たちの沈黙と同じ、原作と映画のいい関係。逆に、原作を読んだ直後に、映画を見ると、物足りないかも。僕は原作を何度も読み返しているけれど、最後に読んだのは10年以上前だったので、映画も楽しめた。で、見てから、もう一度原作を読んだ。やっぱり面白い。
映画館に見に行かなかったのは、原作に思い入れがありすぎて、映画が失敗していたらどうしよう、と怖かったからだと思う。もっと直接的には、imdbのスコアが悪いのを見たからなんだけど、普通に好きな映画ならスコアが悪くても見に行くもんな。
今回、映画を見てからimdbで、欧米の雑誌や新聞に載ったレビューを眺めてみると、ありゃ、全般にはそんなにスコアが悪くないじゃないか!だけど一部に0点をつけたレビューがいくつかある。それで平均点が下がっていたのか…… 0点をつけたレビュー曰く、「ハリー・ポッターとハンガー・ゲームを混ぜたような」ちがーーーーーう!
今回、うちの奥さんも一緒に見て、面白かったといっていた。うちの奥さんは、僕が大好きなSFアクション映画、アイアンマンとかアイアンマンとかアイアンマンですが、そういうのを全然面白がらないのだけど、エンダーはしっかり食いついていた。
残念ながら、あまり色気がない。主人公が、思春期前の少年なので、色恋沙汰にならないのだ。 その代わり、エンダーは姉ヴァレンタインに思いを寄せる。なので、ヴァレンタインはきれいではあるけれど、どちらかというと女性的魅力というより母親的優しさが前面に立つような役者が当てられている。どこかで見たなー、と思ったら、ゾンビーランドの妹ちゃん、リトル・ロックの役をやっていた、アビゲイル・ブレスリン。大きくなったなぁ。ゾンビーランドでは、姉役のエマ・ストーンの印象の強さに比べてあまり目立たなかったのだけど、今回は存在感ありました。
今、原作を読み返すと、昔読んだときにはよく分からなかった部分のわけが分かったりする。昔読んだときに分かった部分というのは、映画で主に語られている、派手なストーリー。分からなかったのは、映画では描ききれていない、フォーミック=バガーの女王の想いや、まったく省略されている、ピーターがヴァレンタインの助けを得て 覇者 ( ヘゲモン ) になる物語。いや、前に読んだときも筋は追ったのだけど、意味が分かっていなかったのだ。
原作はシリーズ化して、山ほど続編がある。でも、二作目や三作目はエンダーのゲームとは殆ど関係がない。エンダーはでてくるけれど、さほど主人公でもない。テーマは繋がっているけれど。四作目まではその調子だった。僕はこのあたりの続編の中では三作目のゼノサイド が好き。ぼくはこれで Obsessive compulsive disorder (OCD) = 強迫神経症という言葉を覚えた。また、この話に出てくるシー・ワンムー=西王母というキャラクタは、気がついてみたら、うちの娘の名前に深い関係があって、びっくり。
映画のエンダーのゲームの雰囲気が好きなんだ、という人にお勧めなのは、五作目、 エンダーズ・シャドウ 。これは、エンダーの副官の一人、ビーンの物語。話は、ビーンがエンダーに出会うずっと以前から始まる。でもビーンがエンダーに出会ってから起きることは、エンダーのゲームと同じ。ただし、話はビーンの視点で進み、エンダーのゲームでは語られなかった事件も起きていたことが明かされる。
ビーンは単なる頭の切れるチビではなく、○○するように○○されており、さらにその○○で○○して、やがて○○る定めにある、という設定とか、ビーンの生涯の敵となるキャラクタにもねじくれた魅力があり、これも、読み出すとやめられない。
この、映画では昨今はやりの「リブート」みたいな話は好評だったらしく、さらにその続編が二つぐらい出ている。一応全部読んだ。最後の方は印象薄いのだけど、それでも、ビーンの本名は覚えてるし、エンダー、ヴァレンタイン、ピーターの両親についてのエピソードも記憶に残っていて、普段の生活でも何かの拍子に思い出したりする。うちの家族ではどうだろう、ってね。