君に読む物語
この映画を見て幸せになれるのは、多分幸せな人でしょう。
君に読む物語 The Notebook
僕は幸いにして幸せになれました。いにしえの昔の武士の侍が、馬から落ちて落馬して…
とても古風な話。町の富豪の娘が、田舎の素朴な青年と知り合って恋仲になる。しかし家柄がつりあわないと反対されて… 第二次大戦前なので、1940年頃の話。
この青年=ノア、最初っから女性=アリーへのアプローチを一歩も間違えずにぐいぐい歩を進めるあたり、まったく共感する余地がありません。オタク臭ゼロの、女性から見て理想の恋人。ま、この辺で、完全に女性向け映画なのが分かります。
かと言って、手の早い肉食系というわけでもない。品行方正。のんびりした夕方には、自宅の玄関先のテラスにすわり、父親一人を聞き手に、ホイットマンの詩を朗読する。えー、そんな奴いるのかぁ。
アリーは町の娘だけれど箱入り娘、おけいこごとのスケジュールに追われて、映画を見るのも久しぶり。「じゃぁ、君を自由にしてあげなきゃな」ってことになると、普通は悪い遊びに誘うものなんだが… いや、あれも決してお勧めできる遊びではないけれど… 心臓に悪いけれど… もうこれでアリーはノアに夢中。アリーは首ったけ。 “アリー my Love” は見たことない。”アリ王子のお通り”、はアラジン。
なんかもうこの辺から、気分が「だぁー」っとしてきて、見るのが辛くなってきた。「もう勝手にしてくれよー」という感じ。
が、この映画、最初から仕込みがしてあって、現代のシーンから始まります。ネタバレは後回しにしますが、ま、だいたいどういう話なのか想像が付きます。すると逆に、この古風なお話がどう現代につながるのか、という謎が解決しないことには、見るのをやめられない。
まず連想した映画が、「マディソン郡の橋」だったりして、これが家では夫婦そろって嫌いな映画の筆頭にだったりする。いや、それぞれにもっと嫌いな映画はあるのだけど、二人声をそろえて嫌いだと言うのはまずこれ。原作者ニコラス・パークスの名前にうっすら覚えがあったので、すっかり勘違いして「あ、これマディソン郡の橋と同じ作者じゃん」とか思い込む。あれの作者はウォラーだった。ニコラス、ごめん。しかも、なんだかストーリーはあれを思い出させる方向に近づいていく…
マディソン郡はなぁ、大好きなメリル・ストリープと、決して嫌いでないクリント・イーストウッドが出ているのに、そもそもイーストウッドがこのストーリーを映画にしようと思ったことが理解できない。
が、自分の幸せに自信のある人は、上記のすべてに恐れをなさず、最後まで見通してください。当初の予想を裏切り、仕込みと思った話は早々に作中で明かされ、じゃこの後どう間を持たせるのと思う間もなくマディソン危機が迫り、そして現代に戻ってラストシーン、のはずがまだ話は終わらず、アンチクライマックスな結果を迎え、もうこれ以上は見ていられない、と思った頃に、まさかのハッピーエンド。
…あのー、あれですよ、あれ。地獄・極楽転換装置ってやつ。どこで読んだかもう覚えてないが、蒸し暑く、煙が充満した真っ暗な部屋にしばらく閉じこもることで、外に出ると、いつもの現実が極楽に見えるという。
いやいや、そういうことじゃなくて。本当に素晴らしいハッピーエンド。
これ、夫婦で見るのがいいんだけどなぁ。うちの奥さん、なかなか最後まで映画見ないからなぁ。劇場公開中なら映画館に入ってしまえばさすがに途中で出る、とは言わなかったと思うが、2004年の映画では、それもできないし。
以下、落穂拾い。
そもそものお目当ては、最近お気に入りのレイチェル・マクアダムスでしたが、若すぎて?あまり色気がない。あるいは役柄がもっさりした女性なせいかもしれない。
彼女は首もとに二つ並んだホクロが印象的ですが、この映画で肩から背中にかけてもたくさんホクロがあるのが分かります。ホクロ体質。
南部が舞台の話らしく、昔のシーンでは富豪の使用人が皆黒人です。一方、現代のシーンでは、老人ホームの看護士が皆黒人です。面倒を見てもらっているのは同じだけれど、立場はまったく変わっています。
アリーのお父さんのひげがおしゃれです。
アリーのお母さんの告白ってどうよ。あれは、観客があのお母さんを見直すところなのかもしれないが、俺は許さない。
原題は The Notebook. 邦題は君に読む物語。ドイツでのタイトルは Wie Ein Einziger Tag. ドイツ語の意味が良く分かりません。見る前は、原題ではあっさりしすぎだと思いましたが、見た後は、これが一番な気がします。
あれ、ネタバレなかったな。